ポニョがストーカーにしか見えない!ストーリーの意味とは?【崖の上のポニョ】

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ストーカーのポニョ

2008年に公開されたスタジオジブリのアニメ映画『崖の上のポニョ』。

名匠・宮崎駿監督が『ハウルと動く城』以来4年ぶりに手がけた作品ということで、公開当時は大きな注目を集めていました。

「人間になりたい」と願うさかなの子・ポニョと5歳の少年・宗介の物語ですが、

映画を見た人からは「ポニョがストーカーにしか見えない」との声が多くあがっています。

崖の上のポニョ|あらすじ

海辺の小さな町で崖の上の一軒家に暮らす少年・宗介は、ある日、海岸で頭がジャムの瓶にはまり困っていた魚の女の子・ポニョを助け出す。

ポニョはクラゲに乗って家出してきたところだった。

それ以来、宗介とポニョの間には絆が芽生えていくが、彼らが住むそれぞれの世界には、大きな隔たりがあった。

崖の上のポニョ|ポニョがストーカーにしか見えないとの声

2008年公開のジブリ映画『崖の上のポニョ』。

さかなの子・ポニョと、5歳の少年宗介の純粋な愛と冒険を描いた物語となっているのですが、

この映画を見た人からは、「ポニョがストーカーにしか見えない」との声が多くあがっています。

ポニョが「ストーカーみたい」といわれる理由としては、

魔法の力を得たポニョが、宗介に会いたいがあまり、津波を起こしてをまで宗介に会いに行く姿や、

宗介が好きすぎるがあまり、半魚人化してしまうポニョを見て、

そのあまりの宗介に対する執念に、ポニョにストーカーみを感じてしまうというのがあるようです。

確かに、宗介とポニョは両思いだったからいいものの、もしポニョの片思いだったとしたら、

嵐をつくってまで会いに来るポニョの執念は、宗介にとっては恐怖に感じてしまいそうです。

きっと宮崎駿監督は、すべてを乗り越える愛のパワーを描きたかったのかもしれません。

ですが一部の人には、その愛がなんだか怖くみえてしまいます。

それは、

ポニョが宗介の愛情ゆえに周りに被害を及ぼしてしまうところ

まだ宗介もポニョも幼く、愛の描き方に深みがないところ

にあるのではないかと感じます。

崖の上のポニョ|ストーリーの意味は?

崖の上のポニョは、映像がとても綺麗で面白いのですが、

「崖の上のポニョで何を描きたかったか、イマイチ分からない」という声も多いです。

確かに崖の上のポニョは、ストーリーを読み取るのがかなり難解な物語ですね。

そこで「崖の上のポニョで伝えたかったことは何か?」まとめてみました。

モデルは人魚姫?

宮崎駿監督は崖の上のポニョで「人魚姫を描きたかった」という思いがあったようです。

そのため、ポニョ=人魚姫であり、純粋な愛の物語を描きたかったのではないかと考えられます。

「宗介の気持ちが揺らげば、ポニョは泡になって消えてしまう」

という設定も人魚姫を思い起こすものです。

そしてこの設定の裏には、“愛の力”“愛に伴う責任”を描きたかったという思いがあるのではないかと考えます。

死生観

崖の上のポニョのキャッチコピーは「生まれてきてよかった」。

そして宮崎駿監督は、この物語にたいして、

神経症と不安の時代に立ち向かおうというものである

というコメントを残しています。

このことから、

不安な時代でも立ち向かう強さ(ポニョが自らの運命を自分の力で変えた)

や、

生きることの素晴らしさ(宗介とポニョの愛)

などを伝えたかったのではないかと考えます。

まとめ

今回は、「ポニョがストーカーにしか見えない」との声をまとめていきました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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